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<Author: 崔顥>
<Title: 行經華陰>
<Format: 格式不明>
<Year: 1988>
<BookName: 唐詩三百首詳解  上卷>
<Translator: 田部井文雄>
<style: 現代文有假名>
<style2: 日本現代譯文附假名標注>
<TranslatedTitle: 行きて華陰を経たり>
<BookPage: 247>
<UsedPage: 1>
<Feature: 0>
<End Header>
<Poem>
岧嶤太華俯咸京，
天外三峰削不成。
武帝祠前雲欲散，
仙人掌上雨初晴。
河山北枕秦關險，
驛樹西連漢畤平。
借問路傍名利客，
無如此處學長生。
<End Poem>
<Translation>
高（たか）くそびえる華山（かざん）は、昔（むかし）の咸陽（かんよう）今（いま）の長安（ちょうあん）の都（みやこ）を見下（みお）ろしているかのようであり、大空（おおぞら）のかなたにそびえる三（み）つの高峰（たかみね）は、人力（じんりょく）によっては、いかに削（けず）っても削（けず）っても完成（かんせい）することのない神（かみ）のなせるわざのようにきり立（た）って見（み）える。

漢（かん）の武帝（ぶてい）が建（た）てた巨霊（きょれい）のほこらの前（まえ）には、雲（くも）が散（ち）って行（い）こうとしており、華山（かざん）の東峰（ひがしみね）の仙人掌（せんにんしょうじょう）の上（うえ）では、雨（あめ）が今（いま）ちょうど晴（は）れ上（あ）がったばかりである。

黄河（こうが）や華山（かざん）は、秦（きん）の地（ち）に入（はい）る函谷関にまで迫（せま）ってけわしく続（つづ）いており、街道（かいどう）は、西方（せいほう）に向（む）かって漢代（かんだい）に作（つく）られた祭壇（さいだん）にまで続（つづ）いて平（たい）らかである。

試（こころ）みにたずねよう。路傍（ろぼう）に名誉（めいよ）や利益（りえき）のみ追（お）い求（もと）める旅人（たびびと）たちよ、神仙（しんせん）ゆかりのこの土地（とち）において、不老長生（ふろうちょうせい）の術（じゅつ）を学（まな）び取（と）る以上（いじょう）のことがどうしてあろうかと。
<End Translation>